「晩婚、最高」と笑う、桃井かおりの生き方
「晩婚、最高ですよね」
60歳を超えて結婚した桃井かおりさんは、テレビ番組で新婚生活をこう語った。
年齢を重ねてから誰かと出会い直し、これからの人生を共に歩く。その喜びを、茶目っ気を交えながら素直に言葉にする姿には、心を引きつけるものがある。
幼い頃に海を渡り、バレエから演劇へ。そして日本で俳優としての地位を築いた後、50代でロサンゼルスに暮らし始めた桃井さん。その歩みをたどると、人生の途中で自分を決めつけず、変わり続けてきた姿が見えてくる。
バレエに打ち込んだ少女時代
桃井かおりさんは、1951年4月8日、東京に生まれた。父は国際政治学者の桃井真さん。幼い頃から芸術に親しめる家庭で育ち、3歳でクラシックバレエを始めた。
やがて英国のロイヤル・バレエ・アカデミーに留学。本格的にバレエを学んだが、帰国後は演劇へと進路を変え、文学座附属演劇研究所で学ぶことになる。
幼い頃から続けてきたものを離れ、別の道を選ぶ。それまでの努力が大きいほど、簡単には決められないことだろう。
ただ、その転身によって、後に多くの作品で発揮される表現力が、映画やテレビという場所へ向かうことになった。
映画とテレビで育てた、独自の存在感
1971年、市川崑監督の映画『愛ふたたび』で映画初出演。同年の『あらかじめ失われた恋人たちよ』ではヒロインを演じた。
その後は、テレビドラマ『前略おふくろ様』『男たちの旅路』などに出演。映画でも『幸福の黄色いハンカチ』をはじめ、数々の作品に足跡を残していく。
1979年の『もう頬づえはつかない』『神様のくれた赤ん坊』では高い評価を受け、主要な映画賞の主演女優賞を受賞した。
桃井さんの魅力は、ふとした表情や声の調子にも、その人物の暮らしや感情を感じさせるところにある。華やかなだけでは収まらない人間の複雑さが、画面の中に残る。
そうした演技とともに、率直な語り口もまた、桃井かおりという人の存在を印象づけてきた。
50代で始めた、海外での暮らし
日本で長く活動を重ねた桃井さんは、映画『SAYURI』への出演を経て、54歳でロサンゼルスに生活の拠点を持つようになる。
その始まりについて、本人は後年のインタビューで、日本や、すでに出来上がっていた「桃井かおり」という存在から少し離れたい気持ちもあったと明かしている。海外での成功だけを目指した出発ではなかった。
新しい土地では、運転免許や銀行口座の開設など、暮らしの手続きにも自分で向き合った。日本で豊かな仕事の経験を積んでいても、慣れない場所では思うようにできない。その悔しさもあったという。
一方で、海外の俳優たちと仕事をする中で、自分自身の変化を楽しむようにもなった。他の人の個性と交わることで、自分にも新しい表現が生まれる。その実感を、桃井さんは絵の具の色が混ざることになぞらえている。
経験を積んだからこそ、慣れた場所を離れるのは勇気がいる。それでも、知らないことを学び直す時間は、50代になってからも始められる。桃井さんの海外生活には、そんな可能性が感じられる。
演じることから、作品をつくることへ
桃井さんは俳優として活動を続けながら、映画監督としても表現の場を広げてきた。
『無花果の顔』に続き、『火 Hee』では主演・脚本・監督を担当。ロサンゼルスの自宅や周辺でも撮影した同作は、各地の映画祭で上映され、2018年のLA日本映画祭で監督賞を受賞した。
インタビューでは、売れるかどうかよりも、自分が作りたいものを作るという姿勢を語っている。
また、2023年には、自身の言葉や書、イラストなどを収めた『桃井的ことば』を刊行。映画の役柄を通してだけでなく、自分の言葉や手を動かすことによっても、表現を続けている。
その歩みからは、長く続けてきた仕事の中にも、まだ試したいことが残っているのだと伝わってくる。
60歳を超えて、幼なじみと家族になる
私生活では、2015年に音楽プロデューサーの男性と結婚した。
相手は、子どもの頃にロンドンで知り合った幼なじみ。長い年月を経て、映画音楽の仕事をきっかけに再会し、やがて人生を共にする相手になったという。
2016年に出演した『サワコの朝』では、こんな言葉で結婚の喜びを語っている。
「夫婦ってね、老後がいいらしいですよ。老後だけもらって、ごめんなさい。晩婚、最高ですよね」
少し照れ隠しをするようなユーモアと、隠しきれないうれしさ。その両方が伝わってくる言葉だ。
それぞれの人生を長く歩いてきたふたりが、これからの時間を一緒に過ごそうと決める。若い頃とは違う経験や価値観を持っているからこそ、相手といる心地よさが分かることもあるのだろう。
桃井さんが語る晩婚の喜びには、年齢を重ねた先にある出会いや幸福を、自然に受け入れる明るさがある。
75歳の現在、取り戻した時間を大切に
2026年10月23日、日本時間に更新されたインスタグラムで、桃井さんは夫の闘病を公表した。
投稿を伝えた報道によると、夫はステージ4のリンパがんで14か月にわたり治療を受け、医師から「完治」と診断されたと桃井さんは報告している。
夫は闘病中、回復したらロジャー・テイラーの英国ツアーに同行すると宣言。その言葉どおり現場に復帰し、桃井さんも共に英国の街々を巡ったという。
そして投稿には、これからの暮らしへの思いが綴られていた。
「これから取り戻した我ら老後の一時、一福、一食を大切にしながら、2人で思いっ切り生きたいと思います」
一緒に過ごす時間。ふと感じる幸福。同じ食卓を囲む一食。
大きな出来事だけでなく、日々の小さな営みを大切にしたい。その言葉からは、ふたりで過ごせる日常への深い感謝が伝わってくる。
人生の途中で、自分を決めつけない
バレエから演劇へ。日本での俳優生活から、海外での新しい暮らしへ。そして、60歳を超えて始まった結婚生活へ。
桃井かおりさんの歩みには、何度も新しい始まりがある。
そのたびに迷いや戸惑いがなかったわけではないだろう。本人の言葉にも、逃げたい気持ちや、できないことへの悔しさがある。それでも、新しい場所で暮らし、人と出会い、表現を続けてきた。
「晩婚、最高」と幸せを喜び、75歳になった今は、夫と過ごす一食を大切にしようと語る。
その姿に惹かれるのは、年齢を重ねた先にも、自分がまだ知らない喜びがあると思わせてくれるからかもしれない。
年齢を言い訳に諦める人は多い。
けれど、桃井かおりさんの歩みを見ていると、年齢だけで自分の可能性に区切りをつけるのは、もったいないと思えてくる。
50代で新しい土地に暮らし、60代で伴侶と歩き始める。積み重ねてきた経験があるからこそ、選べる道も、気づける幸せもあるのだろう。
「彼女だからできた」。そんな声も聞こえてきそうだが、同じように海外へ渡ったり、結婚したりする必要はない。
気になっていた場所へ出かける。
やってみたかったことを始める。
誰かに会いたいと伝える。
自分の暮らしの中にも、まだ選べることはある。
「もうこの歳だから」と気持ちにふたをする前に、「本当はどうしたい?」と、自分に聞いてみたい。

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